社会

お金では買えなかったもの——地域共同体の解体と、孤独のコスト

田舎ソロライフ

都会を離れ、地方で一人暮らしを始めました。 心と健康を整えるための時間を過ごしています。 日々の小さな発見や、移住生活のリアルを綴ります。 誰も私を知らない場所で孤独にどう生きるかを模索中

昔の日本に「子育て支援」は必要なかった

かつての日本では、子育ては親だけの仕事ではなかった。

親が留守のとき、子どもは近所の家に泊めてもらう。悪いことをしていれば、隣のおじさんが愛をもって叱る。高齢者が弱っていけば、家族が自宅で看取る。それが当たり前だった。

だから保育所も介護施設も、今ほど必要ではなかった。介護保険も、年金制度の充実も、必須ではなかった。地域というネットワークが、制度の代わりを果たしていたからだ。

核家族化・個人主義化が進むほど、お金がかかる

地域のつながりが薄れるにつれて、かつては「助け合い」で賄われていたものが、すべてお金に換算されるようになった。

子育て、介護、孤食、孤独死対策——かつては人の温もりで解決されていたことが、今はサービスとして市場に並んでいる。

個人主義は自由をもたらした。しかし同時に、「誰にも頼れない」という孤独のコストも生み出した。

孤独な人間はお金がなければ詰んでしまう。つながりのある人間は、お金がなくても誰かに頼れる。

沖縄が全国最低水準の最低賃金でありながら、出生率が全国最高であり続けているのは、その証拠ではないだろうか。「ゆいまーる」と呼ばれる互助の精神が、お金に換算されないセーフティネットとして機能しているのだ。

理想はわかっている。でも、わたしには難しかった

持ちつ持たれつ、助け合いの共同体。それが理想的な生き方だとは、頭ではよくわかる。

困ったときに自分で抱え込まずに相談できる。育児ワンオペでノイローゼになることも避けられる。経験豊かな年長者が知恵を授けてくれる。そういう環境があれば、どれほど救われる人がいるか。

しかしわたし自身は、密着した濃い人間関係や、地域のしがらみというものが、どうしても苦手だった。

友人はいない。両親はすでに他界。兄弟は遠方でそれぞれの生活を抱えている。気づけば、頼れる人間がいない状態になっていた。

そうなると選択肢は二つしかない。お金でサービスを外注するか、自力で何でも解決するか。

結婚しなかった理由

わたしが独身でいることには、成り行きの部分もある。しかしそれだけではない。

子どもの声が苦手だった。住んでいたファミリー向けのマンションで、児童公園の奇声やボールを地面に打ちつける音が、一日中響いてくる。それは雑音以外の何物でもなかった。

もっと根深いのは、小学校時代からの記憶だ。わたしはずっと、言葉でいじめられやすい立場にいた。だから電車で女子高生が大声ではしゃいでいると、かつていじめてきた人間の顔が重なって、思わず車両を替えたくなる。警戒心が、身体に刷り込まれている。

もし自分に子どもができたら、その子も学校でいじめに遭うのではないか——そう考えると、結婚して子どもを持つことを、どこかで避けてきた。

母という反面教師

両親の仲は、良いとは言えなかった。

母はことあるごとに父を貶した。そしてわたしと父はしばしばセットで貶された。それが日常だった。

晩年、母は口にこそしなかったが、その本音は伝わっていた。「私は家族の奴隷ではない。結婚して苦労するくらいなら、一人でいたほうがマシだった」と。

思えば母は、驚くほどパワフルな人だった。仕事を掛け持ちしながら、3人の子どもを育て、家事もこなす。傍から見れば超人のようだが、その一生は病気だらけで幕を閉じた。自分の時間を持てないまま、家族に尽くし続けた人生だった。

感謝がなかったわけではない。ただ、母から学んだ最大のことは、反面教師としての教訓だった。母のような生き方は、したくない。そう思ってきた。

両親は地方から大阪に出てきた、祖父母は四人とも、わたしが生まれる前にすでに他界していた。高度経済成長の波に乗り、核家族として都市に根を張った。地域共同体も、頼れる親族も、そこにはなかった。

「結婚させられた」時代

母の年代では、結婚は義務に近かった。男は30歳、女は25歳までに結婚しなければ問題だという風潮があり、望もうが望むまいが、親戚が紹介した相手と結婚するのが当たり前だった。そのことに疑問を持つ人すら、少なかった。

しかし現代は違う。結婚しない自由がある。

これは単なる価値観の変化ではなく、時代の構造的な変化でもある。

戦時中、死者が増えれば「子どもを産まなければ」という意識が社会全体に広がる。乳児の死亡率が高ければ、多く産むことが生存戦略になる。

だが今は違う。乳児死亡率は劇的に下がり、寿命は延び、交通事故の死亡者数も減少した。人口を補充するための出産という動機が、社会から薄れていった。

婚姻率が下がったというより、「結婚して当たり前」という圧力から、ようやく人々が解放されたのかもしれない。したい人はすればいい。したくない人が無理にする必要はない。それだけのことだ。

何かを失って、何かを手に入れた

高度経済成長期以降、日本社会は豊かになった。しかし同時に、お金に換算できない豊かさをどこかに置いてきた。

地域の互助を失い、核家族が標準になり、個人主義が進んだ。その結果、人はより多くのお金を必要とするようになった。孤独死が社会問題になり、育児ノイローゼが増え、介護離職が続出する。

わたし自身もその時代の子として生まれ、時代の影響を受けながら今ここにいる。

答えは出ていない。ただ、「つながること」と「自由でいること」のあいだで、ずっと揺れている。それが正直なところだ。